スタッフ紹介

治療スタッフ

患者様に喜ばれたい一身で、施術技術も知識も日々精進しています。こんなに一生懸命で真っ直ぐな大木接骨院自慢のスタッフたちをもっと知って下さいね。

 

     

大木 正浩 Ohki masahiro

大木接骨院 院長 / 国家資格 柔道整復師免許
東京柔道整復専門学校 非常勤教員 / 国家資格 柔道整復師専科教員免許

参照:紹介ブログ「私を知ってください!大木編」

大木接骨院の治療スタッフ大木

1980.07 埼玉県生まれ。父が接骨院で仕事している姿を見て育つ

2004.04 都内大学法学部を卒業後、IT企業に入社

2006.04 激務により持病が悪化し、会社を退社。

自分の弱さに絶望を感じたが、「人は弱く誰かの助けが必要」だと実感し、人の辛さに手を差し伸べることのできる治療家になると心に決め、父と同じ国家資格取得のため東京柔道整復専門学校へ入学

2007.04 埼玉県富士見市にある坂本整形外科にて勤務。

医療の基本や医師の考え方を学び、多くの骨折・脱臼などのケガを治療する。

2009.03 柔道整復師免許取得 / 専門学校を卒業

2010.02 病院併設デイサービスでリハビリを行い運動療法の必要性を強く感じる。

同時に、マッサージのみの治療の限界を感じ、自分の治療に疑問を感じ始める。

2013.01 運動療法を追求するため開業準備を開始し、整形外科を退社

2013.02 自分の目指す治療を行うために、父とは別で、大木接骨院を開業

2015.04 東京柔道整復専門学校の教員となり、運動療法の有効性と整形外科での臨床経験を講義する

院長大木

≪なぜ柔道整復師になったか≫

「これも何かの運命だ・・・」 私はある想いとともに、2006年に東京柔道整復専門学校に入学しました。

小さい頃より父が接骨院で働く姿を見て育ちました。小さい頃から独立志向が強く、いずれ自分の会社を起こそうと決めていました。

大学卒業後、起業に必要なスキルを身に着けようとITコンサルティング会社に就職しましたが、激務により退社することになりました。持病が悪化してしまい生涯続けていくことが無理だと痛感したためでした。悪化した持病の治療で出会った皮膚科医に「Quality of life」についてお話して頂き、治療とは”自分らしさ”を取り戻すためのものなのだと気づかせてもらいました。この経験が、私の仕事観までも考え直すきっかけになりました。業界大手企業の看板で仕事をしていた私は、「私一人で何ができるか」「どんな人にどうやって役に立てるのか」への考えが希薄でした。

こんなときに思い出したのが、小さい頃から休みの日も急患を受け入れ、患者様を治療している父の背中でした。私の「Quality of life」を守ると言ってくれたあの皮膚科医、急患を受け入れる父の姿、2人が重なってみえました

皮膚科医が私の持病にアドバイスしてくれたように、私も患者様の痛みを解決できる人でありたい。そして、きっと父が数十年前に建築士から柔道整復師を選んだときと同じ岐路に立っている。とても心強く感じ、自分の人生を柔道整復師に捧げてみようと決めました。

「・・・やるからには人の3倍のスピードで成長して、一流になってみせる」前職で叩き込まれた精神とスキルを活かし、柔道整復師としての1歩を踏み出すことにしました。「私がしてもらったように、私が患者様の人生が充実するきっかけとなりたい」これが私の柔道整復師になった理由です。

≪治療経験≫

整形外科勤務以来(2007年〜)、治療経験を積んできました。

1.ケガ(骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷)の治療

レントゲンを見ながら、医師の指示の下で治療を行ってきました。

例)手・腕・肋骨・膝・足などの骨折、顎や肩の脱臼、足の捻挫

2.長期的な関節・筋肉の痛み

整形外科では長期的な痛みの患者様も数多く、進行する関節の変形や腰が原因の痺れなど様々な症状に対応してきました。
例)首・肩・腰・股関節・膝の痛みなど

大木

≪どのような治療家を目指しますか≫

整形外科勤務で「筋力低下は関節の痛みを引き起こす」ことに気がつき、そこから運動療法について深く研究してきました。

実は運動療法は概念としては昔からありますが、筋トレと同じものとして筋肉を増やすことが目的となっており、治療として洗練されておりませんでした。開業しアメリカの医学書を参考に日々工夫を重ね、全く新しい治療法として作り込んできました。私たちはより多くの人の根本的問題を、運動療法で解決したいと思っています。一人でも多くの患者様に「大木接骨院に出会えて良かった」と思って頂けるよう全力を尽くします。

参照:紹介ブログ「私を知ってください!大木編」

坂田 大輔 Sakata daisuke

アシスタント / 国家資格 柔道整復師免許

参照:紹介ブログ「私を知ってください!坂田編」

大木接骨院の治療スタッフ坂田

1995.04 埼玉県で生まれる。

2008.04 地元中学の剣道部に入り、高校では剣道部主将を努め、物事に取り組む姿勢を学ぶ

2014.04 高校卒業後、柔道整復師になるため東京柔道整復専門学校に入学

2015.04 専門学校の授業で学校教員である大木と出会い運動療法と筋膜リリースの重要さを学ぶ。

大木接骨院の受付バイトをする機会があり治療方針を深く知る。

2017.03 国家資格 柔道整復師 取得/東京柔道整復専門学校 卒業

原因から治す治療を行いたいと大木接骨院で働くことを希望する。

2017.04 根本的治療を目指すために大木接骨院に入社

カウンセリング風景

≪なぜ柔道整復師になったか≫

学生時代に取り組んでいた剣道の激しい稽古で怪我と、もとからあった腰痛を悪化させてしまったことで、地元の接骨院に通院しました。ケガの治療中に痛みやケガをしてしまった不安を、担当の先生に親身になって聞いてもらい、ケガの予防法や励ましの言葉などをかけてもらいました。

そのおかげでケガだけでなく不安や焦る気持ちなどもなくなり、高校3年間で剣道3段を取得し、さらには部長を任されるまでになりました。ここまで真剣に部活に打ち込めるほどしっかり治療してくれた先生に感謝と強い憧れをもちました。

自分がケガや痛みで不安になったときに、しっかりとした治療と温かい言葉で助けられたように、今度は自分が同じような悩みを持った人たちの手助けをしたいと思い、柔道整復師の道を志しました。

≪治療経験≫

剣道で学んだ重心の重要性と身体の使い方を患者様の姿勢や日常生活に生かし運動を指導していきます。

自分自身も学生時代に腰痛で苦みました。思い返すとその原因は剣道のかまえる姿勢の癖が、日常生活にでてしまい、無意識に腰を反らしていたことが腰痛の原因だったのだと思います。今では姿勢や動作に気をつけて生活しているので腰痛はありませんが、当時はとても辛かったのを覚えています。

患者様の気持ちが本当にわかるからこそ親身になって解決していきたいです。

肩の運動療法

 

≪どのような治療家を目指しますか≫

学生時代に臨床の現場で感じたことは、その場だけ痛みを和らげる治療法が多く、痛みだけを繰り返し治療することは患者様の幸せにはならないということでした。

痛みの根本から治療し、痛みの出ない身体にすることが本当に患者様のためになると思っています。そのためには、痛みの原因となる患者様の悪い姿勢や、日常生活での何気ない身体の使い方をしっかり指導し、正しく身体を使えるようにします。患者様の健康で幸せな生活を生涯サポートできる治療家を目指します。

木村 輝稀 Kimura teruki

アシスタント / 国家資格 柔道整復師免許

参照:紹介ブログ「私を知ってください!木村編」

2017.09 学校の授業で院長の授業があったが、趣味のバスケットボールの大会出場を優先し、院長の授業を休む。

2018.01 バスケットボールを頑張ったことを全面に押し出すが、授業を休んだことは内緒で院長との面接を乗り切る。

2018.03 内定後、授業を休んだことを友人を通じて院長に知れることとなる。

2018.04 大木接骨院に正社員として入社

2018.05 大好きなバスケットボールのトレーナーとなるために日夜精進

≪どのような治療家を目指しますか≫

身長が179cmあります(本当は180cmと言いたい)。
社会人バスケットボールをやっています!
「笑顔だけが素敵だね」と言われないように頑張ります!

今までやってきたバスケットボールの経験を活かし、スポーツでの痛みで悩む患者様の力になりたいと思っています。そのために、まず運動療法を担当できるようになり、患者様に正しい姿勢・動作を伝えられるようになりたいです!

受付スタッフ

佐藤 萌映 Sato moe

受付アシスタント

参照:紹介ブログ「私を知ってください!佐藤編」

佐藤

小学時代 負けず嫌いで少林寺2段を取る。

高校時代 運動部のマネージャーとして選手を支えた。中途半端になることは嫌だった。

2017.10 他業種のバイトをしていたが将来の職業となる柔道整復師の仕事をしようと決意する。

学校で接骨院での研修先を探していたら学校教員の大木接骨院を紹介される

2017.11 大木接骨院で研修を始める

問診票

私は施術はできませんが、患者様が通院しやすいように、精一杯の元気と笑顔で頑張ります!

治療のことで不安なことあれば何でも相談下さい。お力になります。

どうぞよろしくお願いします。

受付スタッフ募集